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今こそ、大切に胸に刻んで欲しい。。
アンクルの言葉!

フラの神様!
アンクル・ジョージが教えてくれたこと

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◆著者、山根宏文さんのプロフィール
1954年生まれ、島根県出身。同志社大学法学部卒業後、日本旅行に勤務。
テーマ(芸術文化)のある海外旅行、海外イベント、国際交流などを数多く手掛ける。
京都海外旅行支店・京都四条支店の支店長、西日本営業本部の担当部長などを歴任。
2003年より長野県の松本大学で教鞭をとる。
専門は、観光振興、文化芸術振興、観光産業、旅行企画など。
現在、総合経営学部 観光ホスピタリティ学科教授。


「アンクル・ジョージが教えてくれたこと」山根宏文著より

【1】 アロハとは愛

まず自分自身がアロハの心を持つこと
自分のまわりのすべての人とアロハを分かち合うこと
自分自身を尊敬し
まわりのすべての人を尊敬すること
これがアロハ
そしてアロハは与えるものである
これがアロハでありフラである

*著者、山根宏文さんからのエピソード
出版するつもりはなかったのですが、今年3月にアンクルの家に宿泊させてもらい彼の身体の状況、経済状況をそばで痛切に感じ、少しでも何か役に立てればと思い、出版することにしました。
彼が私に教えてくれたことのメモを引っ張り出してみたり、わからない事を再度聞いたりして、録音テープを聞きなおし、まとめてみました。出版会社にお願いしようと思いましたが無駄な経費を省き、出来るだけ彼に援助したいので自費出版とし、すべての売上金を治療費として渡すことにしました。
私が撮影した写真を使用し、デザイン、校正等をすべてこちらで行い、表紙・裏表紙は妻に絵(ハワイアンのつらい過去の歴史・憂いを少女に表現したと言っています)を描いてもらい印刷・製本だけを地元の印刷屋さんにお願いしました。したがって、すべてにおいてかなり素人らしい冊子になってしまいました。
しかしお陰さまで、初版の700冊を完売でき、9月にアンクルにすべての売上金3500ドルを送金し、心から喜んで受け取ってくれました。彼が喜んだのはお金ではなく、アロハの拡がりです。本にも書かれてあるように「アロハを分かち合ってきた。だから今それが帰ってくる。それが楽しい」と言う思いです。
ありがたいことに購入された方が他の人に紹介していただき、さらに多くの方から追加注文を頂き、お陰さまで、第二版として増刷することができました。
自費出版ですから印刷すればするほど、こちらも出費が重なり、生活費を切り詰めなければなりませんが、この本を通して私もアロハの心が拡がっていくのを肌で感じられて、こんなに嬉しく楽しいことはありませんでした。そして、皆様のアロハをアンクルに伝えるのが最高に幸せでした。
しかし、一番喜んでくれるはずのアンクルは10月26日朝、目覚め、そして天国に召されました。今思えば、9月に4回電話して話したとき、いつも、早く泊まりに来いと言っていました。いつもはそんなことは言いませんでした。今思えば、ある程度覚悟していたのではと思います。「来年2月に行くよ。」と言ったら寂しそうに、「そうか」と言ったのが最後の会話になりました。
授業で、学生たちにこれをテキストとして使用し、「アンクルの思い」を講義し、彼の一つづつのメッセージの意味やその言葉を発した背景など話しているのですが、それぞれの言葉に彼との思い出がよみがえり、つらく話せなくなります。
アンクルはこの本の内容だけでなく写真も評価してくれ、喜んでくれました。アンクルから私の本だと言ってこの本をプレゼントされた方からご連絡をいただき、アンクルの心からの思いが伝えられ嬉しく思ったものでした。
私の出来ることは、アンクルの心からの思いを多くの人に伝えることと思います。そして、残された家族の幸せです。皆様からの御厚意はアンクルがいつも気に掛けていた御家族にすべて贈りたいと思います。 御了承下さい。

【2】 心がより重要になってくる

フラは、一人ひとりの感情
気持ちを創造する能力が
その踊りに現れる。
歌にこめられた感情を理解できなければ
本物のフラとは言えない。
フラは自分の感情を表現して
感情を分け合い
人を心地よくさせるものである。

だから、技も大切だが
心がより重要になってくる。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「フラを上手く踊るにはどうしたら良い?」と聞いた時に、「心と感性を磨け」
「フラは歌に込められたものをそれぞれ心で感じ、表現するわけだから、心がより重要になってくる。」「心がどう感じるかが重要なのだ。」とよく言っていた。
どうしたら心が磨かれるだろう。
アンクルは、いつも彼のまわりのすべてにアロハをシェアしていた。レストランに行けば、食事が出る間に、従業員ひとり一人やお客に必ず声を掛けていた。
ホテルに泊まればフロントの人だけでなく、客室清掃係りひとり一人にも必ず挨拶をしていた。「ホテルで一番偉い人」と言って客室清掃係りの人を紹介してもらったこともあった。
疲れて家に帰って来ても、すぐ家に入らず、歩くのが不自由なのに,となりの家の庭に咲いている花を眺めに行っていた。眺めるというより話しかけているようであった。私がそばに行くと、「これはピカケという花だ。可愛いだろう。」と言った。タバコを吸うときも、外に出て、優しい眼差しで植物を眺めながらよく吸っていた。
彼の家には、お世話になった多くの人の肖像が掛けられてある。パーティーなどでレイをかけてもらうと帰ってから、必ず肖像にレイをかけていた。3歳の時に初めてフラを教えてくれた曾祖母からキングカラカウアまでいつも感謝の気持ちを忘れることはなかった。
自分のまわりのすべてに対して、常にアロハの気持ちを持ち、与え続けること。これが心を磨く最善であると、アンクルの日常の行動を間近で見ていて痛感した。
「まわりのすべてのものに対する日常の心が、踊りに、笑顔に表れる。」訳であるから
フラを上手く踊るためには心がより重要になってくるというのは良く理解出来る。

【3】 心と感性を磨くことが大切

フラは基本を学び、後は感性で踊るもの。
踊りはその人の個性。
だから、フラが上手くなりたかったら
心と感性を磨くことが大切である。
感性は教えられない。
自分で学ばなければならない。
イライラせず、腹を立てることなく
他のことは考えず、すべて忘れて
集中しなければならない。
だがら、技も大切だが
心がより重要になってくる。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「フラを上手く踊るにはどうしたら良い?」と聞くと「フラは基本を学びあとは心と感性で踊るもの」そのためには「心と感性を磨くことが大切」と教えてくれた。すかさず「そうしたら、感性を磨くにはどうしたら良い?」と聞いてみた。
「日本人は、こっちに来ても部屋の中で練習ばっかりだ。こちらには、美しい自然がたくさんある。なぜ外でやらないのだ。外の景色を眺めるだけでも、勉強になる。」 「ヤシの木の様々な揺れ方を見ていると体の動かし方がわかるし、波の音にも、いくつもあって、こんな波はこんなリズムだし、こんな波はこんなリズムだし(踊りながら)、リズムを学ぶには最適だ。浜辺にいるだけでもいくつも学べる」「まわりの素晴らしいものを体感することが感性を豊かにするには大切である」と教えてくれた。
感性とは、「物事を心に深く感じ取る働き」とか「感覚的な能力」と解される。美しい景色を見れば、感性は豊かになるのであろうか。それだけでないことは、アンクルの日々の振舞いを見ていればすぐわかる。
アンクルはすべてにおいて好奇心旺盛であった。日本での滞在時、暇なときは必ず外の景色や、歩行者を長い時間でも楽しいと言って眺めていた。景色だけでなく、日本の習慣などに対しても同様であった。そしてわからなければ良く質問した。さらに、ちょっとしたことにでもよく感動した。そして感動出来たことにいつも感謝していた。些細なことにも驚くほど感謝した。
感性を豊かにするために大切なことは、好奇心旺盛でなんにでも関心をもち、まわりの素晴らしいものを体感して、小さなことにでも心から喜び感動し、感動出来たことに感謝する。アンクルの日々の行動をみているとこの繰り返しのような気がする。
さらにまわりのすべてに対して思いやりの気持ちが強いことである。以前泊めてもらっていた時に、夜寒かったことがあった。するとアンクルは、深夜にもかかわらず介護している人に頼み、毛布を私の部屋に持って行くように指示してくれた。癌で闘病をしているので見舞に行ったのだが、どんな時にも彼の相手を思いやる気持ちはあせることはなかった。
感性は長い年月に培われるもので、日々の積み重ねであろう。感動が多ければ多いほど、日々愉しいはずである。フラが上手く踊れるようになるためだけでなく、心豊かな暮らしのためにも感性を磨くことは大切であると痛感する。

【4】 フラは心を創造してくれる能力そのものである

フラはハワイである。
フラは私たちの国の歴史である。
フラはハワイの心であり
それが私自身の人生の基盤になっている。
フラは私達に生き方や
自分自身がどうあるべきか
教えてくれるものであり
うそやいつわりのない本当の心を
創造してくれる能力そのものである

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「アンクルにとってフラとは何なのか」と聞いたときに答えてくれたのがこの言葉である。彼から多くのことを学んだが、私はこのメッセージが一番好きである。
「フラはハワイ」だと言った。なぜかと聞くと「ハワイアンはお互いに愛し合い、尊敬し合い、お互いに分かち合う。これはフラの精神と一緒だ。」と教えてくれた。そして「3歳の時からフラを習ったが嫌で仕方がなかった。でも、今はそれが生活の基盤になっている。」なぜ基盤かと聞くと「フラによって愛、自然、人生など様々なことを教わり、自分で学び、実践してきた。そしてこれが人生観になった。だからフラは自分の人生そのものだ。」と言った。

「フラを踊るときに一番大切なものは、テクニックではなく心である。心がどう感じるかが大切である。教わり、あとは自分の心が感じたことを踊るのだから。」とアンクルはよく言っていた。だから「フラを踊っているのを見ればその人の本当の心がわかる」ともアンクル言っていた。
心の創造力を磨くためにアンクルは日々どのようなことをしていただろうか。

彼は、いつも強い好奇心をもっていた。いつも周りのものあらゆるものに関心を持っていた。レストランに行けば、ただ椅子にすわるだけでなく、必ず外の景色が見えるところに好んで座った。そして、じっと景色や通行人を眺めていた。さらに店内の人たち、雰囲気などを観察していた。そして、ちょっとしたことにも非常に喜こんで感動した。些細なプレゼントにもいつも心から喜んでくれた。さらに、感動できたことに感謝していた。  

好奇心、感動、感謝、この繰り返しが心の創造力と感性を磨いているのではとアンクルのそばにいるといつも思った。そして、いつもアロハを忘れないことである。

初版本の総売上金をアンクルに贈った。そのお金でアンクルは亡くなる3週間前に介護してくれている家族全員をラナイ島への旅に招待した。もう旅行に行ける身体ではなかった。
「アロハは生涯持ち続けるものそして与えるもの」と言っていたが最期まで実践した。

【5】 伝える気持ちが心にないと意味がない

フラは歌に込められた意味を真剣に理解して
心に留めて表現することが大切である。
花が見えるように
恋人に恋しさを伝えるように。
自分の心は
この花のようにきれいなのだと。
ただ動くだけではなく
自分自身の気持ちを表し
身体全体でみんなに伝える気持ちが
心にないと意味がない。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「フラは、歌に込められた意味を心に留めて表現することが大切である。」そのためには、「フラを踊るときだけでなく、日々の生活において、いつもまわりのすべてのものに対しアロハの気持ちを持って接していなければ、うまく踊る事が出来ない。」とアンクルは良く言っていた。

「フラを踊る時に、どうしたら美しい笑顔で踊る事が出来るのか?」と聞いた時にも、同じことを答えた。そして、「これは、赤ちゃんに接する時、これは自然、これは恋人、これは家族・・・」と一瞬にして4つの異なった笑顔をして見せた。笑顔は一つしか無いと思っていたのだが、相手によっていくつもあると初めて知った。

どうしたらいくつもの笑顔ができるのだろうか。相手によって異なった笑顔が出来るためには、まわりのすべてに対して、常に温かい気持ちで接していなければ出来ない。自然に対して、人と接するのと同じような気持ちで対話をしていたアンクルを思い出す。

いつも自分のまわりのすべてを愛し続けることによって、フラを踊るときに心が感じ、自然と動作や笑顔に表されるのである。それはつくられた動作や笑顔とはあきらかに違う。これは、常に感じ実践し続けていなければ出来ない。

日々の心の持ち方がフラを上手に踊れる大きな要素であると、アンクルのそばにいて強く感じた。

【6】 私達で復活させなければならなかった

メリー・モナーク・フェスティバルは
ハワイアンが主宰するハーラウしか参加できない。
日本人は練習熱心だから
参加したら入賞するかも知れない。
しかし、フラはハワイの伝統文化である。
ハワイの人間しかハワイの舞台を造れない。
私達の文化は
私達で復活させなければならなかった。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
旅行会社に勤務していた時に、何も知らずにメリー・モナーク・フェスティバルに参加できるツアーが企画できれば多くの集客が見込まれると思い「なぜ、日本人はメリー・モナーク・フェスティバルに参加出来ないの?」と、聞いた時に答えてくれたのが、この言葉である。

「ハワイアンはすぐ遊んでしまい、練習熱心ではない。それに比べ、日本人は非常に熱心でよく練習する」「だから、日本人が参加したら、きっと入賞するかも知れない。多分入賞するだろう」しかし「フラを踊ることを禁止されたり、ハワイ語を話すことを禁止されたり、白人が作ったハワイアン音楽が流行したりして、ハワイアン文化は、多くのものを失ってきた」だから「メリー・モナーク・フェスティバルで失われたハワイアン文化を復活させたかった。そしてハワイアンとしてのアイデンティティを確立させ、誇りをお互いに共有し合うことが最も重要だった。これは他の国の人には出来ないことだ。」とそれまでの穏やかな笑顔から急変し、驚くほど厳しい表情で語った。

このフェスティバルには、ハワイアンが一体となりつらい過去から立ち上がろうとする気持ちと、ハワイアンとしての誇りと魂が宿る神聖なものであるということをアンクルから教えてもらった。ただ、踊りを見て楽しむものとは明らかに違うのである。アンクルはいつも笑顔で穏やかに話すが、カヒコを教えている時、失われたハワイ文化とハオレ(白人)を語る時、そしてこの時は、厳しく真剣で、怖い表情だった。それだけ強い思いがあったのだろう。

メリー・モナーク・フェスティバルをともに支えてきた、ドロシー・トンプソンもレイ・フォンセカもアンクルを追うよう今年の3月に逝ってしまった。8年前にフラのことを何も知らず、ドロシーにヒロでのフライベント企画の協力をお願いしに行った。とっても優しいおばあちゃんだった。初対面なのに頼りない私を心配して、サポート役としてアンクルとレイを紹介してくれた。「イベントは大小関係なく、続けることが大事」と小さなイベントから始まって大きなフェスティバルにつくり上げた彼女らしい言葉をかけてくれた。レイはアンクルの愛弟子で、アンクルの葬儀の時に会ったがかなり落ち込んでいた。 

アンクルは毎日多くの友人達と楽しくやっているはずで決して寂しいはずではないのに本当に悲しく残念である。

【7】 フラはひとつの物語である

フラはアロハ。
フラは心の言葉。
フラはハワイの歴史。
フラはハワイそのもの。
フラが正しく踊られていたら
それ自身が一つの物語である。
だから、フラは素晴らしい。
教える側も、学ぶ側も
フラはただの踊りではないことを
理解して欲しい。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
私が旅行会社勤務時代の2002年にヒロのナニロアホテルでメリー・モナーク・フェスティバル事務局長のドロシー・トンプソンさんの協力を得てフラ・イズ・アロハフェスティバルというフラ・イベントを開催した。その時、彼女から私がフラのことを何も知らないのを心配して「フラ・イベントに長けているから手伝ってもらいなさい」と言われて紹介されたのがアンクル・ジョージだった。

イベントの2日前にアンクルにリハーサルを見てもらった。その時、あるグループが踊っているのを見て「この曲を踊るのか」と言った。実は、発表者が何か月も練習してきた曲は、男が男を愛する歌だった。ミュージシャンもにやにや笑っていた。 その時に私に言った言葉がこれである。そしてわかり易く説明してくれた。

「フラは自分が感じたこと表現し伝え、相手を気持ち良くすることだからアロハと同じ。フラは心で感じたことを表現するのだから心の言葉。カヒコはハワイの歴史。フラはハワイそのものだと言うのは、フラの心はハワイアンの心と同じ。」

「カヒコは言うまでもなく、多くのハワイアンミュージックは、愛・自然・植物・海・大地など私たちを取り囲む様々なものについて歌っている。つまり、愛と尊重が歌に込められ物語を語っている。だから、正しく意味を理解して踊られていたらそれ自身が一つの物語。」

「残念なのは、教える先生も、習う人も、踊るフラの歌の意味も背景も分からず、振付だけ教える、あるいは習う人たちがいることである。これは、残念なことだ。ハワイの文化を学んでくれて嬉しいのだけれど、こんなことしたらハワイのクムたちはだれも喜ばないよ。フラは、ただの踊りではないことを理解してほしい。」

増え続ける日本のフラ愛好者に対して、ハワイ文化を正しく学んで理解して欲しいという気持ちは、最晩年まで強く持ち続けた。そして少し心配もしていた。

【8】 心からフラを伝えていって欲しい

フラを愛する人が増えて嬉しい。
しかし、何故だかわからない。
フラを見た人が興味を持って習いに来るのであるが
フラは愛であり、分かち合うことである。
先生が心をこめて教えるから
その気持ちを生徒が受け止めて
フラをする人が増えていったのであろう。
しかし、お金儲けだけを考えたり
生徒を増やすことだけを考えたり
自分のところの踊りが優れていると言って
謙虚な気持ちを持たなかったら
決してフラを愛する人は増えていかない。
心からフラを教えて、伝えていって欲しい。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
フラを愛する人が増えている。特に日本ではここ数年急激に増えてきた感じもする。そこで、なぜ、こんなに増えてきたのか昨年アンクルに聞いてみた。すると「何故だかわからない。」そして少し間をおいて「先生が心をこめて教えるからその気持ちを生徒が受け止めてフラをする人が増えていったのだろう。」と言った。

そして、アンクルは日本のフラを教える先生たちに苦言を呈した。アンクルはお酒を飲んでいるとフラを教えている先生に対して愚痴をこぼし「あぶない」と日本語で言うことがあった。彼はゲストとして招かれたとしても、言葉は分からなくても感受性豊かで先生の心や教え方やハーラウの雰囲気などをすぐ読み取ってしまう。「好ましい先生もいれば、好ましくない先生もいる」と言っていた。

彼の言う好ましくない先生とは
  お金儲けだけを考えている先生
  生徒を増やすことだけを考えている先生
  自分のところの踊りが優れていると言って謙虚な気持ちを持たない先生
  さらに
  ハワイの文化や言葉を教えず振り付けだけを教える先生
  他のハーラウの悪口を言う先生
  自国の文化を大切にしない先生

これらの振舞いを見たり聞いたりするたびにアンクルは「あぶない先生」と日本語で言ってため息をついて嘆いていた。

アンクルが本当に言いたかったことは、心をこめて教えてきたから増えたのではなく「先生が心をこめて教えたら、その気持ちを生徒が受け止めてフラをする人が増えていくだろう」と期待を込めて言ったのだと思う。そして、そのためには「心をこめて生徒を愛し、教えて、伝えていって欲しい」と願っているのである。

【9】 心歌の意味を理解してフラを踊って欲しい

フラを学ぶ人がフラ教室に来て
基本を身につけず、規則も知らないまま
フラを踊って帰っていくことだけしか、しなかったら
伝統を変え始めることになってしまう。
ハワイ語を勉強して、心から歌の意味を理解して
フラを踊るようになれば
ハワイのクム(フラの先生)たちはもっと喜ぶと思う。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
私が旅行会社勤務時代の2002年にハワイ島ヒロで「フラ・イズ・アロハ」というイベントをメリー・モナークの事務局長のドロシー・トンプソン及びアンクルの協力によって開催した。フラとハワイが好きなら上手い下手は関係なく、だれでも参加出来、メリー・モナークに出演するハーラウと交互に発表でき、交流できるようなイベントを実施したかった。イベントのタイトルはアンクルが考え、メリー・モナーク事務局から案内をしてもらったおかげで、ヒロ市長を始め地元からも多くの見学者があった。

前日のリハーサルの時に、日本からの出演者が踊る予定の曲を練習し始めた時に、ミュージシャンがニタニタしながら「本当にこの曲を踊るのか?」と私に聞いた。半年前から練習してきたと聞いていたので「なぜ?」と聞くと隣で聞いていたアンクルが「この曲は男が男を愛する同性愛の歌だ。歌の意味を理解してフラを踊って欲しい」と言った。間に合わなかったので最終的にはその曲を踊ったが、踊っている時に「ハワイ語を勉強して心から歌の意味を理解してフラを踊るようになればハワイのクム達はもっと喜ぶと思う。」と私に言った。

日本でフラをただ振付だけを教える先生に対して、振付だけを学んで帰る生徒に対して、アンクルは危惧していた。「フラはハワイの伝統文化である。日本でフラブームのあるのは良いのだけれど、先生が言葉の意味や背景にあるものをしっかり教えなければ伝統を変えてしまう。これが心配だ。」とよく言っていた。

「歌に込められた感情を理解できなければ本当のフラとは言えない」と言い続けていたアンクルにとって歌の意味を理解せずにフラを踊るなんて考えられないことだろう。先生は誰だと言って睨みつけたのを思い出す。

【10】 自然を見ることがフラの上達には役に立つ

ハワイに来たら素晴らしい自然を楽しんでもらいたい。
椰子の木が風で揺れているけど揺れ方を見るのだって
踊りには参考になる。
海辺に出たら、波の音を聞くことが出来る。
波の色々なリズムは、フラの様々なステップを学ぶには
最適である。
こんな波はこんなステップ
こんな波はこんなステップ。
ハワイの素晴らしい自然を見ることが
フラの上達には役に立つ。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
2002年に、「フラ・イズ・アロハ」(アンクルが命名)というハワイ島へのツアーを企画した。内容としては、メリーモナークに出演する地元のハーラウとの合同発表会、アンクル、レイ・フォンセカなどクムによるワークショップなどを組み込んだツアーであった。 ワァークショップはナニロアホテルのバンケットルームで行ったのだがアンクルは「ハワイまで来て、なぜ部屋の中でするのだ。来年は庭でしなさい。」と言った。そして、終了後、庭のビーチサイドのテラスで言ったのがこの言葉である。

「椰子の木が風で揺れているけれど、揺れ方は様々だ。その揺れ方を見るのは踊りに役に立つ」と言って、椰子の木の様々な揺れ方のような踊りをした。「波の色々なリズムはステップを学ぶのに最適だ」と言って、「ザー」はこんなステップ、「ザザザー」はこんなステップと言って波の音を口ずさみながら踊ってくれた。そして、真剣な顔で言った。「自然の中にいると得るものがたくさんある。自然からインスピレーションを感じなければフラを踊ることができない。そして、自然がなかったら人は生きていけない。」

アンクルは朝早く起きると、足が悪いのに家の周りの花々を見て、話しかけるように回った。そして家のテラスに座り、周りの植物を見ながら煙草を吸っているのが一番幸せそうだった。

有名な建築家のアントニオ・ガウディは「私の師は自然である」と言った。印象派の画家達もこぞって自然を描いた。アーティストにとって、自然から学ぶものはたくさんあったであろう。しかし、自然を眺めるだけでなく、アンクルのように自然に語りかけるように、優しい眼差しで自然に接することによって得られたものは、より大きかったような気がする。

亡くなる3カ月前に、枕元で「自然と自然を賛美する踊りを守ってもらいたい」と言った。 心からハワイの自然を愛し、尊敬していた。

【11】 世界中の人々と分かち合っている

ハワイ文化とは
アロハの精神と同じで
お互いに愛し合い
お互いに尊厳し合い
お互いに分かち合うもの。
私の文化は、人々を尊重しなさいというものである。
私の文化は私のものであり
皆と分かち合うことも出来る。
私は、ハワイ文化を
世界中の人々と分かち合っている。
これがハワイ文化の素晴らしいところである。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「ハワイ文化であるフラはアロハである。」とアンクルは良く言っていた。最初は言っている意味がわからず「なぜフラとアロハが一緒なのか」と質問した。すると「フラは自分の感情を表現して感情を分け合い、人を心地よくするものそしてお互いに尊重し合うもの」これはアロハと同じだと言った。
ホスピタリティで大切なことは、「人を幸せにして自分も心地よくなれる」ことであると言われるが、まさにアンクルの考え方と同じである。

ハワイ島のヒロにあるハワイアンミュージックのライブのレストランでメキシコ人のグループがフラを踊っていた。日本人がフラを踊っているのも、メキシコ人がフラを踊っているのもハワイアンにとっては同じような光景であるがマリアッチのイメージのあるメキシコ人がフラを踊っていて不思議な感じがして見ていたら,それを感じてアンクルが「どこの国籍であろうと関係ない。フラを踊るときその人はハワイアンになる。私は,ハワイ文化を世界中の人々と分かち合っている。

フラを学ぶ人が増えれば分かち合える人が増える。世界中でフラを学ぶ人が増えてくれて本当に幸せだ。フラを通して国籍は違っても一体感になれる。世界中旅をする事も出来る。」と微笑ながら言った。

フラはアロハの心が宿っているから世界中で広がっているのであろうか。
アンクルと話しているとそう感じてしまう。日本人も世界中で日本文化を学んでいる人たちと一体感になれればと思う。

【12】 カヒコは、動きの一つひとつに意味がある

カヒコ(古典フラ)は、動きの一つひとつに意味がある。
まず元の歌詞を理解しなければならない。
だから教えるときもハワイ語で話している。
多くのカヒコは神聖なもの。
神に対する踊りであり
創造主が私たちにもたらしたものに対する踊りでもある。
カヒコのテンポは
スローとか、早いとかはなく
テンポは一つである。
テンポも踊り方も変えないで
カヒコを失わず守り続けて欲しい。
カヒコはハワイの歴史でもある。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
アンクルはカヒコについて話す時は笑顔がなくいつも真剣な表情だった。アンクルと知り合って間もない頃、フラの知識のない私は、アンクルに「カヒコとアウアナとどちらが好きなの?」と聞いた事があった。すると「カヒコに決まってるだろ」と言った。「いつもアウアナをばかり歌っているじゃないか」と言うと「皆が好きだから歌っているだけで、アウアナは歴史にも残らない。しかしカヒコは違う。カヒコはハワイの歴史だ。」わかりきった事を聞くなと言うような表情で答えた。

アンクルはカヒコを教える時は厳しかった。アウアナを教えている時は笑みを浮かべながら教えていることもあるのだが、カヒコを教えている時は傍にいると怖かった。レッスンが終わっていつもの穏やかな表情になった時に、私の気持ちを察して話してくれたのがこの言葉である。

アンクルはなぜカヒコを教える時は厳しかったのだろう。これは直接聞いてないのであるが、いくつか考えられる。カヒコは神に対する踊りである。愛の歌やご当地ソングではない。さらに、フラを踊ることを禁止されたり、英語が公用語になったりして途絶えてしまったカヒコをメリー・モナーク・フェスティバルなどを通して復興させた。「当時26ハーラウのうち3ハーラウしかカヒコを踊れなかった。ビデオテープなどを渡して教えていった。」と良く言っていた。途絶えていてやっと復興されたカヒコをハワイアンの誇りのように思っていた。そして、「文化を伝えることが生きている人のつとめである。」「ハワイの歴史であるカヒコを誤って教えてしまったら歴史を変えてしまう」とも言った。ハワイアンとして正確に伝えなければならない義務感,使命感があったのではと思う。

亡くなる3ヶ月前にメッセージを求めた時に、「ハワイの歴史であるカヒコを守り続けて欲しい」と真っ先に言った。アンクルにとってカヒコは命であり人生そのものだった。

【13】 笑顔の表現

赤ちゃんに接するとき
恋人に接するとき
親に接するとき
自然を眺めているとき
笑顔の表現はいくつもある。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「どうしたら美しい笑顔で踊ることが出来るの?」とアンクルに聞いた。するとアンクルは「笑顔の表現はいくつもある。赤ちゃんに接するときはこんな笑顔。恋人に接するときはこんな笑顔。親に接するときはこんな笑顔。自然を眺めているときはこんな笑顔。」と言って瞬時に4つの異なった笑顔を表現した。
笑顔は一つしかないと思っていたのにアンクルの一瞬にして変化する様々な笑顔に驚いた。そして唖然とする私の顔をみながら「美しい笑顔とは、それぞれに対して心がどう感じるかが大切だ。いつも周りのすべてに対してアロハの気持ちを持って接していなければ一つだけのつくった笑顔になってしまう。」と言った。

アンクルの笑顔は最高だと誰もが言う。アンクルの妹のバーニーが「私がアンクルの一番好きなのは笑顔。家族のなかでも最高。」と良く言っていた。
アンクルは人と接するときだけでなく、自然を眺めるときも微笑みながら優しく語りかけるような仕草をするのをよく見た事がある。このような彼の何十年にもなる行為が彼の笑顔を美しくしているのだろう。そしてそれが美しい笑顔で踊る事が秘訣であると痛感した。

最近「いい笑顔のつくりかた講習」は人気があり、そこではテクニックを教えてくれるのだが、アンクルに言ったら何ていうのだろうか? きっと「心が込められて無く、つくった笑顔なんて本物じゃない。あぶない。なんでそんなのにお金を取るのか。」ときっと言うと思う。

【14】 ハワイ音楽は愛と尊重

多くのハワイ音楽は
人々が敬愛する
愛や自然、大地、植物など
私たちを取り囲む様々なものについて
歌っている。
すべての自然や大地には歴史がある。
だから、ハワイ音楽とは愛と尊重である。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
ハワイ音楽を聴くと心地よく癒される。様々な国の民族音楽が好きでよく聴くのだがハワイアンミュージックは特に心地よい。
「アンクルにとってハワイアンミュージックとは何?」と一緒に音楽を聴いている時に、アンクルに聞いてみた。すると瞬時に答えてくれたのがこの言葉である。

「多くのハワイ音楽は私達を取り囲む様々なものについて歌っている。だから愛と尊重である。」と言った。
「すべての自然や大地には歴史がある。」だから尊重しないといけないと言うことと、アンクルはいつも、周りのすべての人、ものに対してアロハの気持ちをシェアし、尊敬しなければならないと言って、自ら生涯実践していた。
したがって、まわりのものすべて、すなわち歌われるものすべてが彼にとって愛と尊重であった。そして美しいものでもあった。

アンクルは日本人のミュージシャンがハワイアンミュージックを演奏している姿を見ていつも言っていることがあった。それは、笑顔なく無表情で一生懸命演奏しているミュージシャンが多く「なぜもっと楽しそうに演奏しないのか、なにか悩んでいることがあるのだろうか?」といつも尋ねたが、私はよく分からないと答えていた。
日本人は勤勉なので間違わないように演奏しなければならないという思いが強いのであろうか。フラダンサーは笑顔なのに、演奏する人たちが笑顔なくただ一生懸命演奏している光景を見て、アンクルはいつも不思議に感じていた。
結局、アンクルは理由をわからないまま亡くなってしまったと思う。

【15】 文化の大切さを伝えなければならない

私たちは、子供たちに
文化を学び守り続けることの大切さを
伝えなければならない。
そうすれば
彼らの子供たちや、その子供たちに
私たちの文化が永遠に生き続けるであろう。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
アンクルとハワイ文化について話している時に彼が言ったことである。
ハワイアンはフラを踊ることを何十年も禁止され、ハワイ語を話すことも禁止された。
「自分たちの文化であり歴史であるフラを踊ることや自分たちの言葉を話すことを長い間禁止されてしまった。その影響で、ハワイアンは多くのものを失った」「メリー・モナーク・フェスティバルでカヒコは復活することが出来たけれど全てではない。残念だ」と寂しそうな顔をしてよく嘆いていた。
こんな彼だからこそ、文化を継承することの大切さを痛感していた。
「文化を伝えることが生きている人のつとめだ」と言って自ら末期癌で亡くなる数週間前まで実践していた。

文化を継承するための最善策について尋ねた時に瞬時に「子供たちに文化を学び守り続けることの大切さを伝えなければならない。」と言った。そして、日本の文化を知らない日本人が多いのを嘆いていた。「日本とハワイの共通点が多くあり、詳しく知りたくて質問するのだけれど、答えてくれない。」「ハワイの文化であるフラを学んでくれるのは良いのだけれど、自分たちの文化を知らなくてどうするのだ」「こんなことでは日本の文化は衰退するぜ」と危惧していた。

アンクルはハワイの歴史・文化について大学で教鞭をとっていた。ハワイの文化について質問すると、雄弁に長時間語った。アンクルを招いてワークショップは行われたがアンクルによるハワイアン文化・歴史講座なども開催されていたらより好評を博したのではと思っていた。

芸術文化振興についての対策が色々講じられるが、成功事例としてよく金沢21世紀美術館が取り上げられる。この美術館は地域の子供たちへの美術教育機関として様々な取り組みを行っている。これが大きな成功要因である。芸術教育も食育も幼児での教育が重要であるとアンクルが確信させてくれた。

文化を復興させた一人としてのアンクルの日本人へのメッセージを真摯に受け止め、自国の文化を学び守り続けることの大切さを自覚して、子供たちに伝えていかなければならい。これが生きている人のつとめであり、フラを学ぶ人たちへのアンクルの戒めであるように思う。

【16】 文化が生き返って息づいていった

当時、すべてのショーは儲けるものだった。
だが、メリー・モナーク・フェスティバルは
余分なお金は取らなかった。
それでも、心は豊かだった。
歴史から文化が埋もれていたが
生き返って、息づいてきたからである。
それまではフラを復活させるような
フェスティバルはなかった。
当時、カヒコを踊れるハーラウは
参加26のうち3ハーラウだけであった。
私の仕事は、伝統的なハワイ文化としてのフラを
復興させることだった。
そして最も重要なのは
ハワイの人々がお互いに共有し合えることだった。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
メリー・モナーク・フェスティバルが近づいてくるといつもアンクルは元気になってくる。思い入れが強いのであろう。毎年最高の衣装を着て出かけて行った。(タバコを吸いながら会場外に設置されているテレビで見ているのが一番気楽と言っていたが亡くなる前年に、アンクルに「メリー・モナーク・フェスティバルを企画して、良かったことは何か?」と聞いた時に答えてくれたのがこの言葉である。

「ヒロへの観光客誘致のためのイベント企画が当初の目的であった。すでに実施されているマウイ島などを視察して企画を考えた。さらに、カラカウア王の素晴らしい創造力とフラを復興させてくれた功績もたたえるようなイベントをしようと思った。」
「当初は、競技形式ではなかった。発表するだけだった。驚いたことに、当時カヒコを踊れるハーラウは参加26のうち3ハーラウだけ。だから、私が教えたり、ビデオテープを貸したりして指導していった。」「大変だったけど、ハワイの歴史であるカヒコを踊れるハーラウが増えていってこんなに嬉しいことはなかった。」「最初は小さな体育館で、ヒロへの観光客誘致で始まったイベントが世界で最も権威のあるフラ・イベントになるとは思っていなかった。」と自信と充実感に溢れるような眼差しで語ってくれた。

当初は観光客誘致のために始まったイベントだか、カヒコを踊れないハーラウがあまりに多いのに気づき、カヒコを復興させることへの使命感が強まったのではないかと思う。ハワイアン・ルネッサンス運動が興り、音楽やフラが復興されてきて現在に至っているが、もしメリー・モナーク・フェスティバルをアンクル達が企画しなかったら当然カヒコはここまで復興しなかった。消滅寸前になっていたかも知れない。

アンクルのもう一つの功績としてはフラを通してハワイアンがお互いに共有し、一体感と誇りを高めたことである。「日本のフラ愛好者もライバル意識を持つのではなくもっと一体感があれば良いのに」とアンクルは亡くなるまで言っていた。

メリー・モナーク・フェスティバルの入場料は1日800円位である。「日本のフラ・イベントはあまりにも高すぎる。考えられない」とよく嘆いていた。日本でも廉価で気楽に楽しめるフラ・イベントがたくさんあれば良いのに といつも思う。

【17】 理解してくれる人が増えたことが良かった

フェスティバルを開催して良かった事は
フラを理解してくれる人が増えたことだ。
もし、このフェスティバルがなければ
フラは、島々でクムフラが細々と
教え続けていっただろう。
メリー・モナーク・フェスティバルが
フラの中で、最も重要な大会になるとは
思わなかった。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
メリー・モナーク・フェスティバルが近づいた時に、アンクルに「このフェスティバルを開催して良かったことは何?」と聞いた時に返って来たのがこの言葉である。
「カヒコは練習が厳しく好まれず、白人が作ったハワイアンが流行していてアウアナは踊るが、カヒコを踊れるハーラウが少なかった。だからハワイの歴史であるカヒコを一生懸命教えていった。」
さらに、このフェスティバルがなかったらカヒコはどうなったのかと聞くと「島々でクムフラが細々と教え続けていっただろう。」と言った。

「理解してくれる人が増えたことが良かった。」と言ったのだが、「理解してくれる人」とは、2つある。一つは、ハワイの歴史であるカヒコを理解し、学び踊れる人が増えたこと。それによって実際に途絶えかけていたカヒコが復興した。
もう一つは、フラをただ踊るだけでなく、ハワイの歴史、伝統文化、自然や歌の意味を理解して踊る人が増えたことである。

アンクルは観光目的や映画のために白人が作ったハワイアンミュージックやフラをあまり好まなかった。「フラはただの踊りではない」「歌の意味を理解しなくて振り付けだけを教えているフラの先生がいたとすればあぶない先生」とよく言っていた。「しっかり理解してフラを教えて欲しい」と日本のフラの先生に期待していた。

「理解してくれる人が増えたことによって良かった」もう一つのことは、フラがハワイの伝統文化の一つとして確立され、確固たるものになり世界中で広く認知されたことであろう。ハワイに観光客を誘客するために、ハワイの伝統文化や歌の本来の意味を無視して歌ったり、踊らなくなったこと。お金目当てにフラの振付だけを教えることが無くなったことあるいは無くなること。
これらも理解してくれる人が増えて良かったことであると思う。

【18】 フラは心の言葉

「フラは心の言葉であり
それゆえハワイの人々の心臓の鼓動である」
というカラカウア王の心情から
メリー・モナーク・フェスティバルは生まれた。
我々の目的は
できる限り伝統を永続させることだった。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
9年前に、ハワイ島ヒロでフラのイベントを企画したのだが、その時「フラ・イズ・アロハ」フェスティバルとアンクルは命名してくれた。そして、「フラはハワイ・アロハ・ハワイの歴史・心の言葉」と言った。「心の言葉とは?」と聞くと「フラは心で感じたこと、人間の内面の感情を表現することだから心の言葉」と説明してくれた。なんて素晴らしい表現だと感心していると「フラは心の言葉であり、それゆえハワイの人々の心臓の鼓動である」とカラカウア王が言った有名な言葉を教えてくれた。

19世紀後半に即位したカラカウア王は、50年余り続いていたフラ禁止令を解除し、フラを復興させるのに尽力を注いだ。さらに西洋文化も取り入れ、新しいハワイアン音楽が生まれた。国王みずからもハワイの州歌「ハワイ・ポノイ」を作詞した。カラカウア王がフラ禁止令を解除しなければ、フラ(カヒコ)はかなり衰退したか、消滅してしまったかも知れない。ハワイアンだけでなく、世界中でフラ、ハワイアン音楽を愛する人にとってカラカウア王の功績は計り知れない。

アンクルは、カラカウア王については話をしている表情を見れば一瞬で心から尊敬しているのがわかった。「彼の功績を称え、彼の思いを継承すること、これがメリー・モナーク・フェスティバルの根底にあった。」「このフェスティバルのお陰で、ハワイの歴史であるカヒコを踊れるハーラウが増えた。」と自慢げに話していたことを思い出す。

日本でもカヒコを踊るハーラウが増えている。
アンクルはメリー・モナーク・フェスティバルによってカヒコを復活させたと言われているが、それは彼が尊敬するカラカウア王が尽力したハワイアンとしての誇り、ハワイの伝統文化の復興をこのフェスティバルを通して継承したものであり、その結果、見事に開花させた。このフェスティバルは、「フラの世界一」を決めるコンテストとして認知されているようだが、これは、アンクルの趣旨とは違う。アンクルは「誰が一位になろうがそれはあまり興味がない」とよく言っていた。

カラカウア王とその思いを継承したアンクル、二人がいなければ、現在、カヒコだけでなくアウアナを踊る日本人は、ほとんどいなかったであろうと言っても過言ではない。

【19】 ハワイ・アロハ

「ハワイ・アロハ」が
なぜ最後に立ち上がって全員で歌うかと言うと
みんな一緒、いろいろな人種の人たちも
いつまでもいつまでも
お互いに尊敬して
又一緒になれる
という気持ちを込めて最後に歌う。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
ハワイ・アロハ
旅行会社に勤務していた頃、ハワイのことをよく知らず、イベントの終わりにアロハ・オエを演奏してもらっていた。2003年にアンクルの協力のもとヒロで「フラ・イズ・アロハ」というイベントを開催したのであるが、その時の打ち合わせで、最後にアロハ・オエを歌ってとアンクルに言うと、「この歌は葬式の歌だ。最後に歌うのはハワイ・アロハ」と教えてくれ、実際に歌ってくれた。

ハワイ関連のイベントでは必ずと言っていいほど最後に立ちあがって、手を取り合ってみんなで歌われる。一番の歌詞は下記の通りである
     おおハワイ 私の生まれた故郷よ
     我が祖国はここに
     神のご加護を心から享受する
     おおハワイ アロハ
この歌はライアナ宣教師が賛美歌「I LEFT IT ALL WITH JESUS」にハワイ語の歌詞をつけたハワイ讃歌である。

なぜ、この歌を最後に立ちあがって歌うのかと聞いた時に「みんな一緒、いろいろな人種の人たちも いつまでも いつまでも お互いに尊敬して また一緒になれる という気持ちを込めて最後に歌う」と答えてくれた。これはアンクルの解釈であり、いつからこのように歌われたか私は分からない。

彼は、アウアナはあまり好きではなかったが、このような意味のある歌は好きだった。
彼が良く歌う「ヘ アロハ ノオ ホノルル」も歌い終わると、「この歌の真の意味は、一緒に歩もうということを詩っている」といつも言っていた。歌詞をそのまま訳してもそのような意味にならず、隠された意味を聞いておけばよかったと今になって後悔している。

日本でもイベントの最後に立ちあがってこの歌を歌うが、アンクルの思いを理解して歌ってもらいたい。ハワイだけでなく日本もみんな一緒になって歩んでいきたいと最近、痛切に思う。

【20】 ハワイアン・ウエディングソング

ハワイアン・ウエディングソングは
ケカリネ・アウというハワイ語で「待つ」
という意味の歌で、結婚式では歌われていなかった。
後で英詩がついて映画で歌われたが
なぜ「君を待つ」という歌を結婚式で
歌わなければならないのか
ハワイアンの結婚式で歌われる歌は
「レイ・アロハ・レイ・マカマエ」
(訳:アロハのレイ 素敵なレイ)
レイは愛。
レイを結ぶことによって
愛は永遠に
二人は永久に一緒。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
ハワイアン・ウエディングソング
アンクルとヒロのレストランで食事をしていた時に、「Hawaiian Wedding song」が歌われていた。私は楽しそうに聴いていたらアンクルは露骨に嫌な顔をして「これはハワイアンの結婚式の歌じゃない。」と言った。「Ke Kali Nei Au(私は待っています)という曲に勝手に歌詞を変えて映画で歌われた。待っていますという歌が何で結婚式の歌だ。ハワイアンの結婚式の歌はLei Aloha Lei Makamaeだ」と言って曲をリクエストして楽しそうに一緒に口ずさんでいた。そして、この歌は「レイを結ぶことによって愛は永遠に 二人は永遠に一緒」ということを意味していると言った。

2007年にアンクルにプロデュースしてもらってネイティブハワイアンミュージックのCD(MUJI BGM11)を制作した。その時、歌手の1人に、ギャビー・パヒヌイの甥でスミスという牧師がいた。彼は、結婚式では祈りをささげるだけでなく、歌も歌う。そこで彼にハワイアン・ウェディングソングのことを聞くと「Ke Kali Nei Auを結婚式で歌った事がない」と言った。「Hawaiian Wedding songでも教会で鐘が鳴ると歌っているけど、昔のハワイアンはガーデンで結婚式を挙げていたから教会の鐘なんか鳴らないよ」と言って隣でアンクルも頷いていた。

最近になってやっと彼らが言ったことを理解することが出来た。
カイマナヒラを作詞・作曲したCharles E Kingが「Ke Kali Nei au」(私は待っていますという意味)と「Lei Aloha Lei Makamae」(愛のレイ 大切なレイ)を作詞作曲した。
2曲とも歌詞はよく似ているが「Lei Aloha Lei Makamae」は結婚式で歌われていた。
もう一曲の「Ke Kali Nei au」は、愛するひとがいなくなって待ち焦がれている歌である。歌詞の一部を抜粋すると「私は待っています。あなたはどこにいるの?私の心からの願いを聞いて欲しい あなたは私の花 あなたは花の香りのレイ レフアのレイ 私の願いはあなたと一緒にいること 私のレイ あなたは私のもの」と歌っている。ロマンチックな歌で素敵な恋人を待ち続けていることを歌っている。この曲にAl HoffmanとDick Manningが歌詞を作ってプレスリーが映画ブルーハワイで歌ったのが有名な「Hawaiian Wedding song」である。これは、題名のとおり結婚式の歌である。歌詞の訳は良く知られているので割愛するが「教会で鐘が鳴り、私たちの結婚日」と歌っている。「私は待っている」という歌が歌詞を変えられ「結婚式の歌」になり、ハワイ語ではなく英語で歌われ、今でも結婚式などで歌われている。

ハワイ文化を踏みにじった白人に対してアンクルは強い嫌悪感を持っていた。「Hawaiian Wedding song」を聴く度に込み上げてくる怒りと「ハワイは失ったものが多かった」とため息をつきながら言った時のさみしそうな表情が忘れられない。

【21】 神からもらった自然だから

ハワイアンは自然を愛している。
神からもらった自然だから
壊してはいけない。
自然がなかったら
人はいない。
自然を尊敬し
大切にしなければならない。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
 神からもらった自然だから
「ハワイアンにとって自然とは何?」と聞いた時にこう答えてくれた。
ワイキキのリゾート開発やプライベートビーチなどハワイアンの美しい土地を取られ、乱開発されたことを憂いていた。「美しい自然とアロハがハワイアンの誇りだ」ともよく言っていた。アンクルは幼い頃、ホノルルで育っただけに開発前と開発後のホノルルを知っている。ホワイトハウスで「ワイキキ」を歌ったから、ワイキキが好きなのかと言ったら、
小さな声で「嫌いだ」とそっと言った。

「アロハとは自分のまわりのすべての人とアロハを分かち合うこと」と言ったが、「まわりのすべての自然と人」と言うこともあった。アンクルは超早起きで、起きると足が不自由であるが近所の庭の花を見て回っていた。花一つずつに話しかけるようであった。その時の表情をそっと撮ったが、本当に優しそうな眼差しであった。心から愛していたのだと一瞬でわかった。フラでは様々な花を歌っている。アンクルみたいに毎日、花に語りかけてアロハを分かち合っていたら花や自然をどうフラで表現するか見てみたかった。

ヒロでフラのワークショップをしてもらったのであるが、ホテルの部屋でしていると怒られた。「ホテルの芝のガーデンとか近くの公園ですべきだ。自然に囲まれて練習するとより効果的だし得るものがある。次回から部屋でするな」と真顔で怒られた。

アンクルはアミニズム思想(自然界にも霊魂のようなものが存在するという考え)のような考え方をしていた。ハワイのような気候風土が穏やかな地域では自然を脅威と感じる必要がなく自然に対して畏敬の念が強く生じると言われている。「自然は人間の道具ではない。尊敬し、アロハを分かち合い、大切にしなければならない。」とよく言っていた。
 亡くなる数カ月前に、最後のメッセージを3つ言ってくれたが、一つが「自然と自然を賛美する歌を大切にしてほしい」ということであった。
アンクルにとってアロハ・フラ(カヒコ)と同様に自然は人生の大切なものであった。

【22】 文化も大切にして欲しい

ハワイの文化を
世界中で
学んでくれるのは嬉しいが
自国の文化も
大切にして欲しい。
ハワイは
失ったものが多かった。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「自国の文化も大切にしてほしい」

「年々、日本でのフラ愛好者が増えていいね」と私が言った時に、アンクルがいった言葉である。「日本で神社に行って、祝詞の節回しによる朗誦を聞くと、カヒコとよく似ていてもっと詳しく知りたく尋ねるのだけれど皆知らない」「日本の文化について聞くけど、知らない人が多い」「よその国の文化を一所懸命学んで、なぜ自国の文化を学ばないんだ?」とアンクルはよく言っていた。

ハワイでは19世紀初頭に布教の妨げになるという目的でフラ禁止令が発布された。 19世紀後半に即位したカラカウア王がフラ禁止令を解除するまのでの50年余りの間、ハワイの伝統文化は衰退していった。1898年にはハワイはアメリカ合衆国に併合され、1901年には、ハワイ語が禁止された。さらに、1930年代から白人が作った英語で歌うハワイアンソング(ハパ・ハオレ・ソング)が大流行した。1960年代になってハワイの伝統文化の復興を目指す機運が高まりメリー・モナーク・フェスティバルも開催され徐々に復興されていった。

しかし、アンクルはこれだけフラが復興してきた現状に満足せず、「ハワイは失ったものが多かった」と言った。確かに、50年もフラを踊るのを禁止されたり、ハワイ語を禁止されたら、失ったものが多かっただろう。充分推測できる。文化を失うこと、ハワイアンとしての誇りを失うことの辛さと、いくら復興に努力しても途絶えてしまってもどせない多くのものがあったことをアンクルは実感していた。

このような経験をしてきたアンクルだからこそ、よその文化に熱中して自国の素晴らしい文化を知らない日本人に対して心配して、注意を促したかったのだろう。
もし、国内でのフライベントで彼に挨拶してもらったら、きっと最初にこのことを言うと思う。
「ハワイは失ったものが多かった」と言った時の表情は、「癌の告知をされた。転移しているかも知れない」と教えてくれた時よりずっと寂しそうな表情だった。

「ハワイアンにとって自然とは何?」と聞いた時にこう答えてくれた。
ワイキキのリゾート開発やプライベートビーチなどハワイアンの美しい土地を取られ、乱開発されたことを憂いていた。「美しい自然とアロハがハワイアンの誇りだ」ともよく言っていた。アンクルは幼い頃、ホノルルで育っただけに開発前と開発後のホノルルを知っている。ホワイトハウスで「ワイキキ」を歌ったから、ワイキキが好きなのかと言ったら、小さな声で「嫌いだ」とそっと言った。

【23】 踊り手はハワイの自然

フラは手の動きで雨や嵐
やしの木などを表現するが
この動作を通して
踊り手はハワイの自然そのものになる。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
「踊り手はハワイの自然そのものになる」

アンクルに「フラを踊る時にどんな心構えで踊ったらよいのか」と聞いたときに答えてくれた言葉である。ヒロのビーチサイドで風に揺れる椰子の木々を眺めながら質問したので、自然をテーマにしたフラを踊る心構えを話してくれたのだろう。そして、私がフラについて知識が無いことを知っているのでフラについて解説してくれたのだと思う。

ハワイに来たら美しい自然を眺めることがフラの上達に役立つとよく言っていた。アンクルは早起きして朝刊を庭先のポストに取りに行き、周りの花々を眺めて戻り、テラスでコーヒーを飲みながら景色を眺め、好奇心旺盛でまわりの景色にいつも注意を払っていた。

そしてその時は、いつも幸せそうな表情であった。日々のこのような行いの繰り返しと自然に対する温かい思いが踊る時に自然そのものにしている訳であって、踊る時だけ思っても上手く踊れないのではとアンクルの傍にいて強く感じた。

【24】 フラはアロハと同じである

フラがアロハと同じであると言うのは
どちらも、自分が感じることを
自分自身の感性で気持ちを伝えること
あるいは、表現することだからである。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
フラとアロハは同じである

2002年にメリモナーク・フェスティバルのディレクターのドロシー・トンプソンさんに協力してもらってハワイ島のヒロでフラ・イベントを開催した。今は亡きレイ・フォンセカも参加した。その時に、アンクルがイベント名を「フラ・イズ・アロハフェスティバル」と命名してくれた。

「フラは、ハワイの歴史であり、アロハである」と言って命名してくれたのであるが、「なぜ、フラはアロハなのか?」と聞いた時に答えてくれたのがこの言葉である。「フラは基本を学び後は感性で踊るもの。自分自身で感じたことを、身体全体でみんなに伝える気持ちを持ち表現しなければならない」「アロハも同じである。心で感じたことを最善と思う自分のやり方で伝えるのだから」と言った。

ホスピタリティで重要なことは、マニュアル通りの対応をするのではなく、相手の期待することを気づきの深さで察し、スピーディーに最適な対応すること。そして、相手を快適にして自分も温かい気持ちになれることである。そのためには、感性、審美眼と高い人間性が必要になる。しかし、これらの能力は日常生活で常に努力し心がけて行かなければ身につかない。アンクルは周りの雰囲気を読み取るのに長けていた。日本人同士が話していても、まるで日本語を理解できるのはと思ったように振舞ったことは何度もあった。

アンクルから学んだ、ハワイアン・ホスピタリティ=アロハは、ホスピタリティの授業の最高の教材になる。でも、もっと学びたかった。

【25】 その人はハワイアンになる

一つの花を見ても感じる人の心は様々だ。
その心を表現すれば、その人だけのフラになる。
その人が誰であろうと
どこの国籍であろうと関係ない。
フラを踊るとき、その人はハワイアンになる。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
その人はハワイアンになる
アンクルに「フラの良さって何?」と聞いた時に答えてくれたことである。

「私は世界中でフラを学ぶ人たちとフラを通して分かち合っている。だから彼らと一体感になることも出来る。フラはアロハと同じで、お互いに尊敬し、お互いに分かち合うもの。言い換えれば、自分のものでもあり皆と分かち合うことも出来る。」

「フラはそれぞれが心で感じたことを表現するのだから、同じ曲でも幾通りもの踊り方がある。それが違っているなんて誰も言うことはできない。フラを踊るときに国籍も関係ない。そしてその時、みんな一つ(ハワイアン)になることが出来る。」と「フラって素晴らしいだろう」というような顔をして一気に話した。

フラを復興させたアンクルだからこそ、文化を継承させる重要性と、そのためにも、それを学び、愛する人たちとアロハの精神でお互いに共有したい。そして「自分たちの文化を学んでくれる人は皆仲間(ハワイアン)である」という分かち合う気持ちをずっと持ち続けていた。フラとアロハは同じである

【26】 メッセージ

ハワイの歴史であるカヒコを
守ってもらいたい。
ハワイの美しい自然や
自然を賛美する踊りや歌を
守ってもらいたい。
そして
アロハを
いつも忘れないで欲しい。

*著者、山根宏文さんからのエピソード
最後のメッセージ
アンクルと知り合って8年、多くのことを学ばせてもらった。
ヒロのホテルに4日間滞在して、朝から夜までアンクルの傍で一緒に過ごしヒロからホノルル経由で帰国する。旅行の目的はアンクルと会うだけで帰国するので最初は不思議に思ったと思う。「傍にいるだけで心が癒されるのでそれが旅の目的だ」と答えたら最初は笑っていたけど、その後「ホテル代は高いから家に泊れ」と言って泊まるようになった。
一緒に過ごしているとアロハとフラなどについて語ってくれた。アンクルの英語は訛りがあってわかりにくいのとこちらの英語力が乏しいのでいつも必死に聞いていた。すると、なんて素晴らしい言葉と思うようなことがいくつもあってメモをするようになった。インタビュー形式やレコーダーがあると嫌がったので、何度も訪問して一緒に過ごし、少しづつ講義録として溜めていった。出版するつもりはなかったが、闘病中に経済的に大変な様子を知り何とか役に立ちたいと思って出版することにした。出版の直前にアンクルにそのことを話し、タイトルを考えてもらい、別れる時に3つのメッセージをもらった。
これが最後のメッセージになってしまった。

 メッセージを求めた時に、アンクルは瞬時に「カヒコ」と「自然」と「アロハ」の3つだと答えた。(それぞれに対する彼の思いは以前に詳しく書いた)
カヒコはハワイの歴史であり、苦労して復興させたアンクルにとって最も大切なものであった。アンクルは「アウアナは何でも好きなことができる。歴史に残らないから。」と言った。しかし、「カヒコは違う。カヒコはハワイの歴史そのものだからしっかり学び永遠に守り続けなければならない」といつもそう言って厳しく指導していた。
「白人によってハワイの美しい自然が壊されていった。プライベートビーチなんて考えられない」とよく怒っていた。「自然から学ぶことがたくさんある」「自然がなかったら人は生きていけない」と言い、いつも幸せそうに微笑みながら自然を眺めていた。
「世界中でフラを学ぶ人が増えて嬉しいが、どこの国でも他のハーラウの悪口を言ったりしてそれを聞くのが一番嫌だ」しかし「フラをする人たちにアロハが守られている」そして「アロハはフラを踊る時でなく日々の生活を通して生涯持ち続けるもの」と言った。

初版本のすべての売上金をアンクルの治療代として送金した。しかしアンクルは、そのお金で介護してくれた6名をラナイ島に招待した。末期癌で亡くなる3週間前である。そして帰って来て「これで俺の仕事は終わった。」と言った。ラナイ島から帰ってきてから電話したら力強い声で「お前に会いたいからすぐに来い」と言った。来年2月に行くよと言ったら寂しそうに「そうか」と言ったのが最後の会話になってしまった。
 アンクルは私にとって永遠にアロハの神様である。彼の思いを今後も伝えていきたい。

最後に、恩師の思いを詳しく伝える機会をいただいた釜須久夫氏に心から感謝します。

☆アロハウォーカーで連載して、ご好評頂きました「フラの神様 アンクル・ジョージが教えてくれたこと」の英語・日本語の二ヵ国版(著者:山根宏文)が出版されてます。

「フラの神様 アンクル・ジョージが教えてくれたこと」英語・日本語の二ヵ国版(著者:山根宏文)の購入先
〒390-1295
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